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Moai・・・ モアイ像修復記
5年かけ長期暴露試験吸水防止剤塗布し変化を観察
 
 三和(大阪)の 佐川博敏社長は。建築、土木機械のレンタル事業を主力に行ってきたが、年々営業を順調に拡大。
現在は化成品部としてヘンケル社のウレタン接着剤やチバ社のエポキシ樹脂の用途開発をメーカーと共にマーケテ
ィングをしている。
昨年は建設業の許可も取得。今後は機械レンタル・化成品(エポキシ樹脂 ウレタン樹脂)・建設業を統括しながら新し
い分野への展開を考えている。
 佐川社長はチバ社在籍当時エポキシ樹脂の技術開発を担当。同社はエポキシ樹脂のパイオニアとして広島の原爆
ドームの保存工事などにもかかわった実績がある。11年間エポキシ樹脂の開発、営業活動に従事した後父親の経
営する三和に入社。仕事の一環として埋蔵文化財の保存工事を数年前から手がけてきた。青森の三内丸山古墳、
秋田の窯跡古墳、高槻の埴輪登り窯保存など埋蔵文化財の保存修復を行ってきた。
 佐川社長の母校、大阪大学では数年前に創立50周年記念事業として南太平洋学術調査を全学部で10チーム
編成して調査研究をしている。今春、国立奈良文化財研究所の手伝いとして4月20日から約2週間、南米チリの
孤島イースター島で巨石人像 モアイの保存修復工事に参画することになった。以下は調査旅行記である。
 
イースター島はチリ領で首都サンティアゴから約4千キロメートル離れた孤島。面積は108平方キロメートルで小豆島とほぼ同じ大きさ。人口は約2,500人、人種はポリネシア系、ヨーロッパ系が主である。
1722年にオランダ人ロックフェーンがこの島を発見。その日が復活祭だったのでイースター島と名づけた。スペイン語ではイスラ・デ・パウカル、現地語ではラパヌイと呼ぶ。1955年ノルウェー人T・ハイダーがいかだでチリからノルウェーへ航海して、イースターの巨石文化は南米から移ったと自説を証明した。これがコンチキ号漂流記である
 
佐川社長らモアイ保存修復工事調査隊六人は、まず4月20日成田発のエールフランス機でタヒチに向かった。イースター島行きの飛行機を待つためタヒチで2泊。タヒチからイースター島へは5時間のフライトだった。
空港にはチリ国立文化財団研究所のスタッフが出迎えてくれイースターとう博物館で今回の共同研究の打ち合わせをした。
モアイ像(巨石人像)は高さ最大10メートル重量82トン約1,000体あり、なぜ作られたのか、なぜ未完成のまま放置された像があるのかプカオ(帽子)がどのように頭に乗せられたのか謎である。すべてのモアイ像は眼球がなく(製造された当時はあった)、そのせいか、祭壇の上に立つ像の表情はすべてうつろな印象で500年もの間ただ内陸を見ている。島内には倒れたモアイ像がたくさんあり現在それらを立たせる作業が行われている。3年前に日本のクレーンメーカー・タダノが経済協力で倒れていたモアイ像15体を立て起こした。
 
「ラノララク」はモアイ像が製作されていた山。製作途中のまま放置されている像が多く、また寝た状態にあるものもある。また製作が終了し他の場所へ移動の途中で埋もれたものもある。
調査隊はモアイ像の長期保存のための長期暴露試験をした。まずモアイ像が製作されていたラノララク山でモアイ像と同じ素材の石を、試験片(40×40×100ミリメートル)として切り出し、その試験片を数種類の浸透性吸水防止剤にドブ浸けにして重量を計った。あるものは表面に撥水剤を塗った。そして現在、博物館と島内のモアイ像のある2ヵ所の計3ヵ所で屋外暴露している。5年間をかけて強度や耐侯性がどう変化するか観察する。
倒れていたモアイ像は、起こした場合、土の中にあった部分の風化が進む。今後はその風化を防ぐために浸透性吸水防止剤が使用される予定。
モアイ像はユネスコの世界遺産に申請中で、近く認可される見込みである。
 

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